NANAKOの海外移住日記

変化を好み移住をくりかえす5か国語話者です。母国日本も大好き。現在は台湾。

九塞溝と黄龍 病院でお世話になった話

2007年夏の記憶。

初めての中国旅行で目の前に広がる想像以上の景色に浮かれまくっていました。

さらに中国人がついていたので初めてなのに強気な観光。

九塞溝と黄龍の三泊四日中国人ツアーに中国人のふりをして参加しました。

成都から10時間バスにのって到着した黄龍でテンションが上がりすぎてしまい、集合時間を軽く30分以上オーバー。記憶にうすいけど30分どころか1時間ぐらいオーバーだったかもしれない。

そして次の日の九塞溝。朝から体調が悪くて朝食を食べれず。バスの中で突然ゲロゲロ。そのあと一日中体調が優れずに最悪の日になってしまいました。

知人にとっても・・・。

九塞溝についたものの観光ができる状態ではなかったため、知人が薬局で薬を買ってきてくれました。しかし飲んでみると吐き気がひどくなってしまった。世界遺産の自然保護地区で緑の液体を吐きまくる信じられない日本人。掃除のおばさんに「汚い!」と怒られ、ほうきで身体をつつかれたりした。

余計な仕事増やしてすみません・・・

それでもせっかく貴重な場所に来たのだからと這いながら五彩池には行ってみるも、数秒ごとにうずくまらなければならず、「あーあーかわいそうにーこんなところで」なんていう日本語の声まで聞こえてくる。

あまりにも吐くので心配した知人が私を九塞溝の診療所へ連れて行った。

若い女性医師が一人いて、腰にガコッと注射を打たれましたが症状は全くよくならず。

外のベンチで1時間ほど寝てみるもよくならず。

結局知人の判断でタクシーで病院に行くことになった。九塞溝のふもとにある病院。行ってみてびっくり。

 

人の影がほとんど見当たらず廃墟みたいな病院だった。

このへんの記憶がないのだけれど、知人が点滴に必要なセットを受け取ってお金を払っていたのを覚えている。点滴道具セットを自分で持ち運ぶことに驚いた。私は点滴をすることになりベッドに通された。

このベッドのシーツの上が髪の毛だらけで私は寝転ぶことを一瞬拒む。でも知人に「ここは中国やから!しょうがないの」と言われ仕方なく横になる。

看護師が点滴をするために注射器を抜くとき、私はどうも不安になって知人に日本語で「おねがい、その注射器ちゃんと新しいか確認して。回して使ってないよな?」と言って確認してもらう。すると看護師は激怒。
「そんなん新しいに決まってるやろ!さっき袋から出したん見てなかったんか!?いやならやったらんで!こっちかってやりたくてやってんちゃうねん!どっちなん、やるん、やらへん!?」

看護師の爆発したようなキーキー声を私はまだ鮮明に覚えている。身体がつらくて意識が朦朧としてた中でも、ああ私の感覚がここではおかしいのだなあと知ったからだ。髪の毛だらけだったベッドのシーツを何か月、または何年放置しているのか気になったから、注射器も聞かずにはいられなかったのはおかしいのだと。

知人は日本生活も経験していて、どちらの感覚も知っているので何もいわずに私に言われるがまま看護師に聞き、看護師の反応も分かっていながら怒りを受けたのだろうと思う。日中間にあるとてつもなく深い異文化の隙間を穏やかに解決してくれる良い中国人だった。

点滴は数時間に及んで、私は寝てしまい、気づいたら気分がいくぶんよくなった。知人とツアーコンダクターさんと一緒にタクシーでホテルに帰った後はさらにぐっすり寝た。

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私が体調を崩した原因はこんなとこでしょう。

私は成都から出発する前に、生理を遅らせる薬を飲みました。旅行中生理が来ないようにです。しかしこれは中国の薬で初めて飲むもの。身体に合わなかった可能性は十分にあります。

さらに高度4000メートルの黄龍で身体もきつかった上に寒さ。私は十分な防寒具を用意していませんでした。気温は一桁だったと記憶しています。小雨も降っていました。九塞溝は晴れれば暑いのですが、8月の真夏日でも黄龍はとても寒かったです。冬並みの防寒具は必須です。

特に気候の件は事前に少しでもリサーチしていれば防げたはず。今よりインターネットが便利ではなかったとはいえ、中国人がいるという安心感からの完全なリサーチ不足でした。このせいで九塞溝での貴重な1日をつらい思いをしながら過ごすことになってしまいました。私だけではなく知人も巻き込んで。

九塞溝の病院も今はどうかわかりませんが、行かないにこしたことはないと思うので旅行の際は何より体調に敏感にお気をつけ下さい。

 

再見!