多言語話者の海外移住日記

変化を好み移住をくりかえす5か国語話者です。母国日本も大好き。現在は台湾。

私のマルチリンガル歴と語学のすすめ

前回、〇か国語を習得した!主張は十中八九虚構だよという記事を書きました。

ほんならブログの副題でずうずうしくも「マルチリンガル」と書いている私はいったいどんな言語をどのレベルで話すのか?

ほんまにマルチリンガルなのか?それともその他大勢と同じく虚構なのか?

私の語学習得歴を書いてみます。

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私は中学、高校と部活動にすべてを捧げていたためほとんど勉強をしませんでした。というか勉強をしなくても許される高校に通っていました。

6年間、形だけ英語の授業は受けましたが、全く話せず。英語は今でも苦手です。私の「マルチリンガル」と称する言葉の中に英語は含まれていません。

 

ただし、小学校からずっと疑問に思っていたことがありました。

「なぜ母音である”あ”と”い”の間には音がないんだろう?」

「なぜ私の使う母音は5つしかないのだろう?」

「なぜ50音以外の発音が日本語にはないんだろう?」

素朴な疑問です。ずっとわかりませんでした。”あ”と”え”の間はどんな音かと自分の喉で試してみたこともあったけど、なぜかできず。なぜできないのかも分かりませんでした。

英語の授業が始まってからも、その答えはわかりませんでした。なぜなら私は完全な「じゃぱにーずいんぐりっしゅ」しかできなかったから。つまり英語も50音に当てはめた発音しかできなかったからです。

 

20歳のときにオーストラリアに行きました。英語での意思疎通は全くできず。情けないほどにできなかったけど、やる気もありませんでした。

その中でマレーシア出身の華僑の子たちと知り合います。

彼らが広東語を使っていたことは後から知ったのですが、生まれて初めて中国語を身近で耳にし、その発音の豊富さに言葉が出ませんでした。(実際は広東語です)

”50音にない音がいくつもあるんやん!!” ”こんなに違うもんなのか・・!”

中国語のパンフレットを追いながら発音をゆっくりと教えてもらったものの、全く真似できず。いくらがんばっても彼らの発音に似ませんでした。

逆に彼らは私の日本語の発音を真似るのは上手だった。

 

即日本へ帰国。中国語の勉強を始めます。

その後台湾へ1年語学留学。上級クラスまで修了しました。

台湾に住んで約半年後、インドネシア語に興味を持って独学を始めます。インドネシアの友だちが多かったので、日常会話の習得は早かったです。

しかしインドネシア語は会話が得意でしたが読み書きは苦手でした。インドネシア語で日常的な出来事を日記に書くことはできたが、新聞を読んだり正式な書法で書けるレベルにはなく、単に”思っていることが伝えられるレベル(文法の間違いも多々)”でした。

リスニングも、ドラえもんのアニメレベルは理解できたが、ニュースは半分も理解できなかった記憶があります。あと特定の友だちのインドネシア語だけがほぼ全部理解できたりした。あれは不思議な現象でした。

 

その後マレーシアで仕事。中国語とインドネシア語(マレー語)をスタッフやお客さんと日常的に使っていました。会話とリスニングがアップしたのはこの実践のおかげです。この頃は中国語がとても話しやすかったです。

しかし1年が過ぎたころに思わぬハプニングが起きてしまい、帰国。

お金を稼がねばと日本で就職活動をするも全滅。

そんなころちょうど円高になり、ウォンがすごい下がったので、韓国にいこう!近いし!と思い3か月語学留学。レベルは初級2を最後まで勉強したけどつまらなかったのでそれ以上はやってません。韓国語は勉強してみて唯一つまらないなと感じた言語です。

留学中、意思疎通には困らなかったし韓国人の友だちもたくさんいてよく遊んでいた。ここでもきっと会話に特化してたのだと思います。簡単な作文ぐらいは書けましたが、読解は初級2以上は全く読めません。

 

その後、ドイツに留学します。1年間語学学校に通ってドイツ語を勉強し、終わるころにDSHの試験に合格。

そのままドイツの大学に進学したかったが、時期が悪く半年間やることがなくなった。

なのでその半年間チュニジアに行くことにした。

ドイツの語学学校のクラスメイトはほとんどがチュニジア人だったので、とても興味がある国でした。友だちの友だちがホームステイを提案してくれ(しかも無料!)チュニジアへ。

半年間アラビア語の語学学校に通いました。

しかし授業中以外はすべてチュニジア語で会話。家族ともチュニジア語。結果アラビア語は旅行会話程度しかできませんでした。今となればすでに文字もほとんど読めない。しかし会話は旅行などでは困らない程度はまだできる。

その後ドイツの大学を卒業しました。いくつかの論文をドイツ語で書きました。卒論もドイツ語。

必要にかられて、専門分野の英語の文献だけは読めるようになりました。しかしそれだけ。英語は私の中でできる言語に入っていません。

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こんな感じです。

大きな特徴は、すべて現地で言語を習得していること。

それぞれの言語をネイティブスピーカーの先生から、100%その言語を通じて学びました。「動詞」とか「形容詞」とか「主語」とかそういう文法用語もすべて現地の言語で。それが理解できないとそもそも授業が理解できません。

そのような環境に身を置いて生活しながら語学を習得するのが私のスタイルです。

唯一の例外はインドネシア語ですが、現地の語学学校では学ばなかったものの、ネイティブスピーカーから1対1で学びました。このときも、すべてインドネシア語で説明を受けていました。

だから私は全般的にリスニングと会話が得意です。

逆に圧倒的に苦手なのは読解。ドイツ語と中国語以外はほとんど読めないといっていいレベルかもしれません。

さらに場所や時、使う割合によって私の中の第一外国語や第二外国語それ以下の順位は絶えず変化しています。

ドイツ語の文法が頭を占領したあとに使った中国語は、以前使っていた中国語に比べ少し変わってしまっています。

何年も使わない言語は徐々に忘れていきます。

そんな感じで変化を繰り返しているのが自称マルチリンガルの私の頭の中です。

しかし語学は楽しい。何が楽しいって、日本語を使っている私と中国語を使っている私が全くの別人である感覚になれるということです。言葉を変えるたびに自分の中から別人が登場する。

声のトーンも発音も表現法も話す相手もがらりと変わるので、話す言葉を変えるたびに別世界にワープした感覚になるのです。

語学の勉強は決して簡単ではないが、こんなおもしろい体験を一度してしまったらもうやみつきになって止められません。しないで一生を終わるなんて本当にもったいないです。

ぜひ、多くの人に体験してほしいです。

 

またね!