NANAKOの海外移住日記

変化を好み移住をくりかえす5か国語話者です。母国日本も大好き。現在は台湾。

時間のリアル

私たちってだいたい人生でどのぐらい時間を持っているんだろ?計算してみます。まずはマクロの視点から。何歳まで生きる設定にするか迷って平均寿命を参考に。


2017年の日本の平均寿命は
男性が80、75歳
女性が86,99歳

単純に考えて、男性で今年80歳で死んだ人は1937年に生まれてて女性はさらに前で、1930年頃に生まれた人たちってことです。

戦前または戦時中は乳児死亡率も高かっただろうし、幼少時に十分な栄養が取れなかった人も多かっただろうし、また仕事に出る年齢には高度経済成長でめちゃめちゃ働いた人も多かったろうし、それでも平均が80歳を超えてくる。

さらに2017年の時点で日本の100歳以上の方は6万7824人です。1917年以前に生まれた人が日本だけでもまだ6万人以上もいらっしゃる。

そんな感じなので戦後に生まれた人たちや、もっと近い近代に生まれた人たちの平均寿命はまだ上がりそうですよね。どこまで上がるのかな。どうしようかな。思い切って100歳まで生きる前提として時間を計算してみる!100歳までそれぞれが持ってる日にちは3万6千500日です。時間にして87万6千時間。

・20歳の人は今まで7300日生きていて、100歳まであと29200日。

・30歳なら今まで10950日生きていて、100歳まであと25550日。

・40歳なら今まで14600日生きていて、100歳まであと21900日。

・50歳で人生の半分。どちらも18250日。

・60歳なら今まで21900日生きていて、100歳まであと14600日。

・70歳なら今まで25550日生きていて、100歳まであと10950日。

・80歳なら今まで29200日生きていて、100歳まであと7300日。

さらに時間も計算すると桁が大きくなりすぎるので仮に30歳のみ計算してみると、100歳までの時間は約61万時間。仮に一日8時間寝るとしてその活動外の時間(約20万時間)をひくと、残された時間はあと約40万時間。

生涯仕事する時間を考えてみます。

仮に週休2日で1日8時間仕事をしたとすると年間に約100日の休みがある。時間に直すと1年に2120時間。さらにそれを30年間続けたとして63600時間。40年続けた場合は84800時間。平均寿命が100歳になった暁にはきっと定年も70歳とか80歳になってるはずなので、仮に50年仕事するとしたら。10万時間よゆーで超えます。残業や通勤時間を入れたり、週休2日がなかった場合はもっともっと多いはず。

うーんわかりにくいな。イメージがしにくい。何十万時間っていわれてもピンときませんよね。いったいどのぐらい長いの?何ができるの?みたいな。

 

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ミクロの視点からみてみれば少しわかりやすいかも。

誰でも一年は365日、一日は24時間、一時間は60分、60分は3600秒・・・秒とかまたすごい桁になるので考えないとして・・。あ、話はそれますが心臓の心拍回数も何十億回か忘れたけど物理的な限界があるらしいですね。心拍数って1秒より短いはずだから生涯に何回ぐらい心臓が脈打つかだってある程度簡単に出せるんですね~。

ここでは1日24時間の時間の使い方について考えてみようと思います。

仮に8時間寝たとして活動時間は一日16時間。
さらに8時間仕事をすれば残り8時間。
通勤時間+準備1時間として残り7時間。
お昼休憩1時間。残り6時間。
朝食と夕食を30分で食べたとして1時間。残り5時間。
お風呂とかトイレとか歯磨きとかもろもろ1時間。残り4時間。
一人暮らしであれ誰かと暮らしているのであれ鬼残業で寝不足な人以外は家事もそれなりに必要なはず。30分ぐらい身の回りの色々。残り3時間30分。
最低限やる必要のあることで思いつくのはこれぐらいでしょうか。

となると仕事してる日は1日3時間半の自由時間がある。

でもこの3時間半は相当せかせかと容量よくこなして頑張った結果ギリギリ出てくるぐらいの時間です。実際はたとえば髭を剃るのに毎日時間を割いたり、朝30分は新聞を読んだりニュースを見る人もいるし、化粧にだって時間がかかるし、友人や家族に毎日連絡を取る人だっているし、料理もする人は2回の食事で合計1時間なんて到底無理だろうし、家族やペットの世話がプラスされている人もいるし・・・・

実際、仕事がある日の自由時間なんて1時間未満じゃないかなぁ?とか思う。残業がない人でも。少しでも自由時間を確保するために睡眠を減らす人も多そう。私なら仕事以外なんも出来ない気がします。

次に来そうな問い。

なんか大げさに検証してるけど、そもそもなんでこんなに頑張って自由時間を絞り出す必要がある?ていう疑問。

仕事をして生活をして誰にも迷惑をかけず一生懸命生きている。税金も払って社会貢献もしている。仕事の日は忙しいかもしれないけど休みの日は自由な時間があるし。休む時間もある。それで十分じゃないですか?と。

確かにそうですよね。
その生活が満足な人は改善の必要はないはず。よって現状維持。

または仕事が生きがいな人なら自由時間があっても仕事してる可能性が高い。仕事時間=自由時間なので1日10時間とか好きなことをできるのはひじょーに有意義だし効率もいいです。最も理想的な時間の使い方をしていると思う。

さらにこの疑問をもつもう一つのパターンは、自由時間が少ないことに満足はしていないけど特別やりたいことも興味があることもない。という人。このタイプも自由時間の確保に躍起になる必要はないですよね。

上記のタイプの人たちは、時間について分析したり思考する「時間」を取る必要がない、あるいは少なくて済むと思う。私が今書いてる内容を読むこともずばり無駄。

しかし私のようなやりたいことがたくさんある+現時点でやり切れていない人にとっては、自分の時間の長さを明白にすることは非常に大事です。時間にはリミットがあることを自覚できるから。それによって次の段階で、自分の持つ限られた時間で何を選択し、何を選択しないかを考えることができます。

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リミットはほとんどの人が思っているよりも長くないかもしれません。特に若ければ若いほど、時間は無限にあると感じて鈍感になってしまう。しかし時間だけじゃなく、リミットはすべてのものごとにあります。充実した時間を送るためには真剣に吟味して選択するべき!と最近私は強く思います。

さらにリミットについて、食べ物を例にあげて考えてみます。

 

ある美食家があと50年生きるとしましょう。50年は18250日。1日3回食事をすれば54750回食べられる。仮に朝食はパンとかヨーグルトとかテキトーに食べるから実際は1日2食自由に食べると仮定して、今から死ぬまでに36500回、食べ物の選択ができます。

美食家だし色んな種類を食べたいから、この3万6500回を全部外食にしてみた。毎回別のレストラン、3万6500軒を回って食べた。しかし日本全国に飲食店は約65万軒以上あるみたいです。行ききれないです。

さらに1つのレストランにメニューが1種類しかないなんてまずないし、多いところでは1軒に数百種類あるでしょう。かたっぱしから外食しても到底全部は味わえない。しかも日本だけでこれなので、世界に視野を広げたらどうなるでしょう。

もう一つのパターン。自炊で好きに料理する場合。ネットや本に広がるレシピの数は3万6500個をはるかに超えている。レストランの数より何百倍ものレシピあるでしょう。全部のレシピをつくるのは不可能です。

食べる回数のリミットです。

だから美食家です、食がなによりも大事です、命かけてますという人は真剣に毎回食事の内容を選択するでしょう。しかし食べ物なんて上の例だと3万回以上も選択できる。人生全体だったらもっともっと多い。選択肢は広いけど別に一回不本意だったといっても特に人生損したなんて思わないかも。だって数万回もあるんだもん。

逆に!!!

それが一生に一度しかない選択なら!成人式に着る服の選択とか新卒で就職して退職まで一つの会社で働く人とか。

結婚だって典型的です。1人の異性を選択した時点で世界の34億9999・・・・(てきとーです)人の異性とは「しない」選択したんだもん。論理的にみるとめっちゃ時間かけて考えるべき。感情面ではそうもいかないのが面白いけど。そもそも「結婚する」OR「結婚しない」という選択が先ですが。

なので食とは一転、共に生きていく人を選ぶ回数のリミットは1回!1人!大変だあ。しかも双方の一致だもんね。そりゃあ離婚が多いのはわかるです。離婚禁止の国とかそれだけで破滅しそうだ。

・・・2つの両極端な例ではあんまりピンとこないかもしれないので最後に中間ぐらいの例で見てみます。

趣味はどうだろう。

わたしの趣味のひとつは語学です。正確にいえば『日本人以外の人と相手の母国語で会話、議論する』のが趣味です。こりゃもう楽しくて楽しくて一生やめられません。この楽しさを知ってしまった私は外国人と日本語で会話するとかもうつまらなさすぎて無理です。日本語がよっぽどうまいか、母国語者以外の人は日本語で話しかけないでぐらい思ってます。なのでわたしにとって語学の習得は時間をかける価値がある。

じゃあ世界中の人たちと会話するために、言語って世界に一体何種類あるの?Ethnologueという言語の辞書によると現在世界には6700種類ぐらい言語があるらしい。・・・少数民族とかごく内輪で使われるものも入れてでしょうが・・。ふー。これ全部辿るのは無理。

じゃあちょっとわかりやすくして世界の国の数は?
国連の加盟国は現時点で196でしたっけ。

いくら語学が趣味だからといって全部はとても無理。選択の必要がある。結果いくつかの言葉を学ぶ選択し、同時にそれ以外の言語を学ばない選択をしました。選ばれなかった言語たちはわたしの人生ではきっともう二度と出てきません。もうわたしの言語脳キャパは満タン。だって自分の求める水準を保つためには今持っている言語でさえ時間をかけなければ落ちる一方だからです。それ以外に語学に費やせる時間はもう、ない。全然ない。現時点では。

学ぶ内容だって、どれを学ぶか選んだ時点でその他の分野を学ばない選択も同時にしなきゃいけない。いくらたくさんやりたいことがあってもキャパを超えてあれもこれもはできません。

あれもこれもやりたくて大変なんですがしょうがない。「する」方に意識が行きがちだけど、実は「しない」選択のほうが難しいかもしれない。リミットが必ずある。そしてそのキャパとても小さいです。

じゃあ。それなら。リミットがあるがそのキャパを増やすことはできないの?と考えることができます。それなら少しぐらいなんとかなりそうだ。

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キャパを増やそうと思ったらなんといっても「稼ぐためだけの時間」を減らす努力をすることですよね。

20~30代の比較的若い年代が一人で生活をしながら生きていく前提で考えてみます。まず毎日8時間仕事をしてる人はさっき検証したとおりの時間しかないから、それ以上ほしいなら方法って2つしかないかも。
睡眠時間を減らすOR仕事時間を減らすか。
個人的には睡眠時間は毎日8時間確保しておきたい。女性はとくに毎月体に変化があるのでさらに多くの時間必要な日もあります。ここは無理すると後で必ずしわ寄せがくる。じゃあ仕事時間を減らすしかないです。バイトとかだと比較的簡単に時間を減らせるけどそれなら給料まで減ってしまう。生活できなきゃNG。

 

・会社で働くという方法

近年アメリカでは失業者を減らすために一人あたり1日8時間だった仕事内容を6時間でするようにまわし、6時間×2交代制にした病院が話題になっていました。凄いなと思ったのは、給料が8時間だったときと6時間になったときと変わらないことです。

2交代制になったことで多くの人を雇えるし、現職の人も給料が変わらず2時間早く終われることで疲れを減らし生産性が増す。さらにより多くの患者を見れるようになったことで売り上げも上がる。まさにウィンウィン。

でも、会社の決定を棚からぼた餅式で待っていたのでは遅すぎます。日本のお上はとくに「変化大嫌い」「残業してる人は勤勉」と堂々といっちゃう国なのでアメリカのような柔軟さは無理そうだ。


上記の理由と時間を(ほぼすべて)会社にコントロールされると考えると私には同じ会社でずっと働くという選択肢が、何歳のときに何度熟考してもゼロなのです。お金のためとはいえもったいなすぎる。ちなみに若い頃一度、日本の大手企業に入ったことはありました。しかし残業上等なことだけを考えても(好きでもない)会社に若い人生の時間をほぼすべて献上するってどうしても、いくら考えても自分が失うもののほうがとてつもなく大きく感じ数か月で辞職。

興味のある職種を選んだし実際に楽しかったけど、細かい(あまり影響のない)規則が多すぎてがんじがらめだったことや拘束時間が長すぎたことは私を、この楽しい仕事を極めたいと思えば別にどこでもできるやんと考え直させたのでした。


・会社で働かない方法

この選択ができることは先進国の特権です。代表格はバイトです。日本はとってもバイトの選択肢に恵まれています。職種がとっても多いし若いというだけで選び放題。最低限の礼儀と笑顔があれば100%合格です。そう気づいた私はかたっぱしから興味のあるバイトをやってみました。

18歳のときから接客業とか色んなバイトしてて時給は850~1000円ぐらいでした。実家にいたときはそれで十分でした。空き時間に働けて、自分で好きに時間を配分できるメリットがあり特に不満はありませんでした。朝6時~8時まで働いてから通学とかもできて便利でした。

でも接客業とかちょっとした事務とか誰でもできる仕事は時給が上がらない。ずっと一般的なバイトをしてると収入は一生上がらないと気づきました。バイトだと時間を自分でコントロールできる代わりに、一つの会社で正社員として働くよりずっと難しいかもしれない。そうも思いました。

そうなると次に考えられるのは、単価の高い仕事。私が習っていた音楽の先生方には1時間5千円払っていました。歯科衛生士の資格を持っている人の時給は1500円でただの歯科助手の1,5倍でした。こういう事柄から専門知識を習得するのに時間(とお金)を投資すると、結果的に時間を節約できるのだと学習。

そして専門家の単価の高さはたぶん、習得した時間に比例するのだ、とも。楽器を教えて1時間5千円もらうレベルになるにはすんごい練習時間とレッスン料が必要だし4年以上の学歴も必要。もちろんスキルも必要。だから払う価値がある。歯科衛生士は、一からでも3年学校で勉強すれば習得できます。だから時給1500円の価値。3年の学習期間に1時間5千円の価値はありません。

なるほどー。

あとはできる人がより少ない分野は得ですよね。3年の学習期間でも時給1500円以上の価値がある仕事もありそう。うまくいけば5千円も夢じゃない。あるいはもっとかもしれない。それがたまたま好きなことだったらラッキーですよね。

そんな感じで色々考えて現在の私。
今は簡単な日⇔独通訳とかしたら1時間半で50ユーロぐらいもらえます。
クリスマスマーケットで10分ピアノの伴奏したら30ユーロでした。
子供やおじいさんおばあさんの合唱団での伴奏は約2時間でだいたい50ユーロ。
今はユーロが高いですから日本円に換算するとけっこういい額になります。通勤や準備時間を考えれば生産性はあまり高くないですが・・。

 

・会社で働かないもう一つの方法は起業ですが、つまり会社を作って働いてもらう側に立つという方法ですが、今の私には経験も知識もなく想像がつかないので省きます。

こうやって私は、ずっと自由な時間を増やすには、と考え続け今に至ります。
それでも20代の頃のわたしは、時間が永遠にあるような錯覚に陥っていました。だから、自由な時間を増やすにはどうすればいいかについてはたくさん考えていましたが、生産性を高めることにはまだ考えが及んでいませんでした。
実はこの最後にたどりついたことが、何より大事なことだったのかもしれない。そして何より難しいことで、実は凡人と天才の一番の差って生産性なのではないのかしら?と思ったときに頭に思い浮かんだJ.S.バッハについて書いたのがこの記事です。

 

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しかしブログを書いている間も刻刻と減っていく私の人生の時間・・・。ひー!少しでも長く生きられるように健康を心がけよう!!

bis nächstmal!