NANAKOの海外移住日記

変化を好み、移住をくりかえすマルチリンガルです。母国日本も大好き。現在は台湾。

麻薬と留学生

去年の秋、私の身近にいたドイツの大学留学中のチュニジア人学生が薬物中毒で死亡しました。22歳でした。

 わたしはその学生と共通の友だちがいたので当日にそのことを知りました。つい先ほどの話だったのでなにげにリアルでぞっとしました。学生の彼女が家に行って彼を見つけたときにはすでに死亡していたこと。ヘロインの過剰摂取で突然死だったようです。

 

 次の日、友だちは「あいつが前にこのハーフパンツを買いたいといっていたんだ」と言って季節にあわない夏用のハーフパンツをはいて大学に来ていました。そうすることで追悼の意を表していました。

 遺体は死亡の翌々日に飛行機でチュニジアの両親のもとへ送られる予定だということも聞きました。チュニスの空港で突然、ドイツに留学していた期待の息子の亡骸と対面しなければならない両親の行き場のない想いを想像すると心が痛みました。

 

なぜ彼は亡くなってしまったのでしょうか?誰もその前に気づかなかったのでしょうか?彼の背景について想像してみたいと思います。

 

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1.ドイツに留学するチュニジア人

チュニジアで少しお金のある家の子供の多くは、高校卒業と同時にフランスやドイツ、またはロシアの大学へ進学を目指してヨーロッパに入ってきます。

北アフリカにあるチュニジアは大半がイスラム教徒ですが、以前フランスの植民地だった影響でヨーロッパの文化も所々に混在しています。特に小学校からフランス語の教育を受けていることは今だ強い影響力を感じます。

宗教に関しては、信仰心はあるもののムスリムとしての決まり事を忠実に守る人は少ないです。ドイツに来たチュニジアの女の子は誰ひとりヒジャブを巻いていなかったし、メッカに向かって1日5回のお祈りをしている子もほとんどいなかった。お酒もたばこも普通に楽しんでいたし、コーランを持って来てる子はいましたが、毎日読んだりとかはしていませんでした。断食はする子としない子に分かれていましたが、留学生活が長くなればなるほどしなくなる子が多くなっていました。

 

私がドイツで初めて通った語学学校の9割以上はチュニジアからの留学生でした。チュニジアからドイツに留学する場合、必ずエージェントを通し、提携している語学学校に入らなければなりません。個人的に留学できる自由はないため、留学への第一歩は決められた花道を全員で通るのです。チュニジアとドイツの間にはまだかなりの国際的地位、もっと身近に言えば生活水準に差があるということです。

 

18歳の彼らにとって初めての海外生活。物価の高さにビビっておそるおそる物を買い、時間通りに来る電車(日本的には全く時間通りじゃない)に便利さを感じ、排泄物が1回でスッと流れるトイレや飲める水道水に驚いていました。遠出したり、遊びに行くときは毎回必ずマクドナルドを見つかるまで探して食べていました。チュニジアにはマクドナルドがないのです。世界のファーストフードは彼らの憧れであり、また特別なときしか食べれない高級品なのです。

 

同時に、いきなり先進国の高い生活水準の中に放り込まれた彼らには不安もつきまとうのか、同郷同士でべったりとくっつきながら生活をしていました。男女の割合は8:2ぐらいでしたが恋愛をしてる子は皆無でした。同性の友だちを何より大事にしていました。いかなる時も2,3人またはそれ以上で同じ部屋に住み、四六時中行動を共にしていました。金銭的な余裕がなく、助け合う必要もあったのです。

 

チュニジアで高校を卒業した若者たちは、18歳の時点ですでにフランス語と英語が流暢です。ドイツ語の勉強は彼らにとって難しくありません。ドイツに来て1からスタートしたにもかかわらず、たった3か月で大学に入るためのドイツ語の試験(DSH)に合格した子もいました。ほとんどの子たちは半年~1年以内にはDSHに合格し、大学への次のステップを踏みます。

 

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2.ドイツの麻薬事情

2016年の統計では、ドイツで1333人が薬物中毒のため亡くなっています。単純計算で毎日約3~4人。

ヨーロッパではソフトな薬物が合法な国もあります。ドイツは一応法律で禁止といえど、簡単に色々な種類の薬物が手に入ります。覚せい剤はさすがに大麻よりは厳しく規制されていますが、密売人は驚くほど身近にいたりします。

 

たまに電車の中や駅のような公共な場でも、大麻の甘い匂いが漂います。おかしな行動をしている人たちを見かけることもあります(アイスをじっと眺めたまま、溶けて手に流れてるのに食べないとか)。明らかにへろへろだったり事を起こさないない限り警察もこういう人たちをむやみに捕まえたりはしません。きりがないからです。

 

私が仲良くしている日本語学科のドイツ人は、普段家族のことはほとんど語りませんでした。でも日本語の書類を手伝ったときに初めて、姉は18歳で薬物中毒で亡くなり兄は今も薬物の密売人をしている、と話してくれました。あまりの身近さに内心ぎょっとしたのを覚えています。彼自身は真面目で頭のいい大学生です。

 

大学食堂では毎週金曜日の夜になると、一部の友だちが大麻を吸ってあきらかにテンションがあがっていました。学生の食堂にさえ売人や転売する学生がいるのです。一部の日本人留学生も興味本位で吸っていました。

 

また、ある近所の学生は売人から大麻を大量に買ったにもかかわらず、何の約束をしたのかお金を後で払うことになっていました。しかし大麻は全部吸ってしまったにもかかわらずお金が払えませんでした。仕方なく逃げましたが、とことん追いかけられました。ついには売人がアパートに張っていて帰ってこれず、わたしは頼まれて部屋の荷物をまとめ、別の友人に渡したこともありました。この学生は、別の街に逃げていきました。

 

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3.麻薬とチュニジア人留学生

こういう状況の中、チュニジアの若い子たちに限らず、ほとんどの留学生にとって薬物は簡単に手を出せる状況になります。

 

 ・第一関門

ドイツでの暮らしが浅いまだ若い留学生たちはまず、ドイツで生活している先輩チュニジア人からハシーシュという麻薬をすすめられます。チュニジアにも蔓延してますがまだ子供は家族下におかれているため、自由に買ったり吸ったりはあまりできません。

しかし留学先では自由です。先輩は非常に面倒見がいいです。滞在の長い先輩たちの中にはアルバイトをして生活費を稼いでいる人もおり、ハシーシュも先輩の買ったものを分けてもらいます。吸う量もほんの少しで、タバコの葉に少し混ぜる程度です。

 

ここまではほぼ99%の子たちが経験してるといってもいいでしょう。なぜなら来たばかりの子たちは、生活の基盤も知識もびっくりするほどありません。自立にもまだほど遠く手探り状態です。同じ環境の子たちと集団で行動する以外にできないのです。先輩にもたくさん頼らなければなりません。家具や教科書や生活用品を譲り受けたり、色々な情報を先輩からもらいます。大麻もその一部分でしかありません。

 

お金に余裕がない彼らは、なるべく節約し週末にはアパートの一部屋でささやかなパーティーなどをしています。安く買った食べ物を工夫して飾りつけ、安い蝋燭で狭い部屋に雰囲気を演出し、どこからかギターなどの楽器を拾ってきて弾き、アラビア語の歌を歌い、おしゃべりし、そして先輩にもらった少しのハシーシュをタバコとともに愉しむのです。タバコを吸うより少し気持ちがハイになったり、心臓が普段より踊るといいます。

 週末ごとに皆で集まって、少しのハシーシュとともにひとときを楽しむ。しかしDSHに合格し、順調に大学進学が決まるとほとんどの留学生が最初の地を離れ、ばらばらになります。ここまで来るととりあえず麻薬の第一関門はセーフです。

 

 しかし最初の留学生活の第一歩を、麻薬によって遅れをとったり台無しにしてしまう子も一定数います。語学学校へ通う生活は暇な時間がいっぱいあります。ドイツ語でさえ、一切の自主勉強なしに授業のみで習得してしまう子さえいるほどです。そんな暇な中、先輩がくれる微々たる麻薬にだんだん物足りなさを感じ、売人を教えてもらって直接買い始める子たちがいます。

 

次に来る子たちに麻薬をすすめる先輩になるのもこの子たちです。仕送りが多くお金があるから買う子もいますが、中には友達やあらゆる人に借りたり、非法に安い時給でアルバイトをして買う子もいます。こうなるとタバコ中毒者と同じような感じです。そして他にも、大きな犠牲を払わなければなりません。

それは、大学進学が遅れることです。この子たちはDSHに合格しても次の一歩に進むのが遅れ、結果1~2年を無駄に過ごします。その間このままではいけない、ヤバいと気づき、遅れながらもなんとか大学進学にこぎつける子もいます。進学できた子はギリセーフ。

 

一方で金銭問題のトラブルを起こしたり中毒になったり、さらにほんの一部ですが思考停止により危険な覚せい剤をだしてしまい、大学に入る前にドロップアウトする子たちがいます。この子たちはすでにかなり生活が荒れています。語学学校にも行けず、ビザが切れて不法滞在の状態の子もいます。たどり着く先は帰国。大学進学のために投資されたお金はすべて薬物に消え、負の遺産となって帰ってきたまだ若い子どもを見た家族はどれほど後悔することでしょう。でも月日が浅ければ浅いほどまだなんとかなります。

大学進学までにドロップアウトするチュニジア留学生は私の見た経験では30%程度。もちろん、麻薬以外にも怠慢などの理由で帰国する子も入っています。

 

・第二関門

さて、なんとか第一関門を突破して大学進学を果たしました。しかしここからがスタートラインです。ドイツの大学は入学は簡単ですが、卒業はそれなりに厳しいです。課題は多いし、試験でも容赦なく落とされます。彼らにとって語学学校では余裕だったドイツ語も、大学に入ってからはさらに勉強しなければ追いつきません。容易に想像がつくことですが、ドイツの高卒とチュニジアの高卒の教育水準の差は著しく大きいです。

ここで初めて多くの留学生たちは試練にさらされます。最初の半年で根をあげて帰る子もいるし、試験に落ちすぎて退学になり、大学を変えて2回目の挑戦をする子もいます。時間をかけて少しずつ頑張る子もいます。誰にとってもふんばりどころです。

 大学生2年目になると仲間がつぎつぎと脱落していきます。長期的に頑張り続けるのが難しいことと、講義のレベルがさらに高くなるからです。卒業できる子は意外と少ないのです。

 

その他、大学生になると合法的にアルバイトが許可されます。奨学金がもらえたらもっと楽になるし、夏休みなどに長期で働くこともできます。時給はチュニジアの数倍です。

金銭的に少し楽になることで我慢していた麻薬に費やす子もいそうです。

学業へのストレスや、家族の期待へのプレッシャーから逃げるための精神安定剤として使用する子もいると思います。

また、身体は成長しても精神いつまでも成長せず、思考能力が養われないまま同じ過ちを何度も侵す子もいるかもしれません。

 

  この第二関門でひっかかって麻薬の大量摂取に走ってしまう子や、さらにはもっと危険な薬物に手を出してしまう子は第一関門より悲惨な結末が待っています。無駄にしたお金、時間、健康、すべてが第一関門の倍、時には数倍だからです。

しかもこの子たちは大学に進学した時点で数年の長期ビザを手に入れています。合法で滞在できてしかもお金もそれなりに稼げる。大学にいかず荒れた生活を送っていても、当然発覚が遅れたりします。家族には電話で順調な大学生活を報告しておけば確認されることもなく、当面はごまかすこともできる。 

結果数年後、突然寝耳に水だった事実が明らかになることもある。そう、死亡してしまった留学生のように。

 

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死亡した学生は22歳でした。ドイツに来て3~4年たっている。18歳で来たとして、順調にいって19歳で進学、遅くても20歳までには進学していたと思われます。進学してから2年後に亡くなりました。

あくまで想像ですが、第二関門の最悪の結末が今回なのではないでしょうか。私はこの学生を直接知りません。ただ訃報を聞き、その時点で明後日に両親が息子の遺体と対面すると知ったとき、この学生のドイツでの留学生活が上記に書いたような流れで想像できました。両親は息子を信じて応援し支援していたその結果、誤った道に迷い込んだ息子に気づくことさえできなかったのかもしれない。仮にそうならどうにも救いようのない話です。

 

私の想像力が勝手に独り歩きしただけだったらいいな。

 

bis dann!