NANAKOの海外移住日記

変化を好み、移住をくりかえすマルチリンガルです。母国日本も大好き。現在は台湾。

学問は本の読み方から

ドイツで大学に入学したばかりの、初々しい頃の話です。初めて参加したゼミの講師に大事なことを教わりました。

 

ゼミでは授業で1時間のプレゼンをすることと、15ページの論文を書くことが義務づけられていました。

日本で高校まで卒業した私はプレゼンをしたことなど今までに一度もなし、論文の書き方も全く分からない状態で、しかもいきなりドイツ語。本当に戸惑いました。何から始めていいのかわかりませんでした。

 

結果めちゃくちゃ苦労しました。たくさんのドイツ人の友だちに助けてもらいました。言い方を変えれば、友だちと最善な関係を築こうと努力していた結果に助けられました。プレゼン用のパワーポイントの作り方から内容構成を一緒に考えてくれたり、さらには本の中で理解できない部分を言葉を変えて説明してもらったり、発表する内容の文章を正しいドイツ語に修正してもらいました。まさにおんぶにだっこ状態です。

論文はさらに苦しい作業でした。まだドイツ語の表現力が少なかったことも大きいですが、「視点」という必要な要素はこの時点でもまだ理解できていませんでした。結局いくつかの本を読んで調べたものをまとめただけの、”報告書”のような出来でした。でもそれが精一杯だった。

 

ゼミの講師はイングランド出身の人でした。この講師が私に3つの基礎を教えてくれます。

1.本に書いてあるすべての文章を疑ってかかること。

2.時代や時期はできるだけ具体的な数字を意識すること。

3.自分の意見を明確にすること。

 

1は目から鱗でした。しかしこれは考えてみればあたりまえです。どんな著名な人であれ、どこかの第一人者であれ、人間です。何度も間違いを繰り返す生き物です。完璧ではないのです。でも私は今まで本に書いてあることをそのまま信じこんで、スッときれいに消化していました。これで視点が理解できるはずがありません。講師はさらに簡単な例で説明してくれました。

「もし仮にMGG(ドイツ語の音楽大事典)にバッハは1685年に生まれた、と書いてあってもまず疑いなさい。そして別の本を調べてその数字が同じかどうか確かめなさい。数字ですら間違っていたり曖昧だったり、議論になっていることも多い。」

実際、講師の言う通りでした。出生年が本によって違う作曲家もいたし、他の本はすべて一致しているのにMGGだけが違っていたこともありました。そういうときは必ず一言/一文それについて言及しなければなりません。

 

2も私は知りませんでした。私は論文の中に「バロック時代」や「古典時代」などの名称を出したことを指摘されました。バロック時代はいつからいつまでという認識は研究者によって違い、今だに議論されている。だから曖昧な表現はつかうべきではないと言われました。常識的に1600年~1750年の約150年間と思っていたわたしはびっくりしました。自分の過去の認識だって間違いだらけなんです。これからはより具体的な数字で時代区分を書くように。とアドバイスを受けました。

 

最後、自分の意見を記述することについては頭では理解していたつもりでしたが、このときはまだ本当の意味で理解できていませんでした。これについては後に別の講師や教授からさんざん言われて理解できました。「根拠づけ」ってこうやってするんだと分かったのはだいぶあとです。

 

学問的なアプローチにはこまごまとした基礎的な決まりがあり、ドイツの学生はそれを高校までにきっちり教え込まれています。大学生としてのスタートは同じに見えても彼らと私のあいだには、内容以前にすでにものすごい差があったんだなと気づきました。

 

 

そして講師が最初に教えてくれた3つのことは、論文のためでもありますが、まず本や文献とどのように向き合えばいいのかということです。ほんとに基礎の基礎。

今はどの本を読むときも考えたり疑ったりしながら読む癖がつきました。おかげで(個人的に)読むべき本、読まなくてよい本などを見分ける基準もできました。

そうすることで視点ができ、思考することによって根拠づけができ意見を持てるようになる、という流れになります。そうなると本の読み方ってめっちゃ大事です。

 

大学を卒業してから日本で見つけた本に学問的な思考技術についてとても詳しく書かれていました。これ一冊に全部書いてあります。

 大学入学前に読みたかったな。

auf Wiedersehen!